テクノロジー

車いす電動アシストユニットとデジタル技術を活用した、新しいサービスの実証実験を開始

日本航空株式会社(JAL)とNRIデジタル(株)は、現在、空港で車いすを必要とするお客さまに、快適な移動やおもてなしを提供する新しいサービスの開発に取り組んでいます。2021年3月には那覇空港国内線エリアにおいて、着脱式車いす電動アシストユニット「SmartDrive」※1とデジタル技術を活用した新しいサービスの実証実験を行いました。プロジェクトを担当したNRIデジタルの鈴木求紀に、これまでの経緯や実証実験の具体的内容などについて聞きました。

車いす利用のお客さまにも、より快適な空港利用を

駅のホームや階段などで、車いすを利用している人が駅員のサポートを借りながらも一人で行動している姿を日常的に目にするようになりました。駅、公共施設、トイレ、店舗などのバリアフリー化やユニバーサルデザインが進み、車いす利用者であっても街に出たり、旅行をするハードルが下がっているように見えますが、まだその環境は十分とは言えない状況です。誰もが安心して暮らせる共生社会を目指し、障がい者や高齢者など、あらゆる人々が安心して外出できるような環境作りがより一層求められています。

JALではアクセシビリティ※2向上のために、さまざまなサービス展開に取り組んでいます。搭乗前の保安検査場で車いすから降りることなく金属探知ゲートを通過できる木製車いすを2017年から導入し始め、すでに全国の空港に配置。また、羽田空港では、コロナ禍にあってお客さまがスタッフと非接触で搭乗口まで移動できる自動運転車いすを、2020年7月から導入し始めました。そして現在、NRIデジタルと共に取り組んでいるのが、車いす電動アシストユニットと車いす利用者の位置検知システムの活用による、快適な移動と新たなおもてなしの開発です。

プロジェクト開始の経緯

ファーストクラスラウンジにおけるスマートフォンアプリ「JAL Lounge+」の開発などでJALとの共創を担当してきたNRIデジタルの鈴木は、今回のプロジェクトの前提としてあった課題を次のように話します。「車いすを利用するお客さまは、スタッフのお手伝いが必要となるため、どうしても自由な行動が制限されてしまいます。お客さまがいらっしゃる位置がわかれば、お客さまの行動に合わせてスタッフが準備し、サービスを提供することができます。また、車いすご利用者に限らず、搭乗締め切り時に搭乗口前にお客さまがいらっしゃらない場合には、お呼び出しのアナウンスをし、地上スタッフがお客さまを探します。定時運航のために、地上スタッフから空港内でお客さまの位置を把握したいというニーズがありました」

プロジェクトの直接のきっかけは、「2019年12月頃、JAL担当者からの『空港内で車いすのお客さまを安全にサポートしてくれる物、何かないですかね…』というひと言でした」と鈴木。「調べてみると、手動車いすに取り付ける着脱式電動アシストユニットで、『SmartDrive』という製品がありました。車いす利用者にヒアリングすると、欧米などでは手動の車いす利用者が移動の際に電動アシストユニットを使うことは一般的とのこと。この製品の紹介とともに、位置検知システムを活用したソリューションの話をしたところ、JAL担当者から『ぜひ一緒にやりましょう』と言っていただけました」。

新しい“おもてなし”の開発

「車いすの位置検知に、商業施設などで一般的に使われているビーコン※3を活用することは、プロジェクト開始当初から考えていました」と鈴木。空港での実証実験をめざして、プロジェクトは進行していきました。位置検知システムのユースケースについては空港本部の地上スタッフも交えてディスカッションを実施。ご利用者が近づいたときに搭乗口脇のサイネージにオリジナルメッセージを表示させる、空港内の飲食店が車いすのお客さまのために座席の準備や通路の確保ができる、多目的トイレの使用予約をとれる、搭乗時間までお客さまが空港内を自由に回遊できるなど、たくさんのアイデアが出てきました。

実証実験で検証したこと

2021年3月8日~31日、那覇空港国内線で行った実証実験。SmartDriveを装着した木製車いす(検証用車いす)を使用し、空港内に設置した検証用ビーコンを活用して車いすの位置や動線を可視化することで、お客さまのスムーズな搭乗や新たなサービス提供につなげることができるかを検証しました。

実施内容

① 「SmartDrive」を装着した木製車いすによるご案内 お客さまを、出発便の場合はスペシャルアシスタンスカウンター(サポートを必要とする搭乗客のためのカウンター)または出発カウンターから搭乗口、到着便の場合は搭乗口から到着ロビーまで、スタッフが検証用車いすを押してご案内する。SmartDriveのアシストにより、搭乗ゲートなど勾配のある通路をスムーズに通過できる。
着脱可能なため、木製車いすの利点を活かし、保安検査場をそのまま通過できる。これらにより、より快適な移動体験の提供が可能か、検証する。
② スタッフ向けお客さま近接通知の連絡 空港内に設置したビーコンの電波を、SmartDriveに装着した小型コンピュータが受信すると、位置情報をスタッフにメールで通知する。スタッフが車いすの位置を事前に把握することで、スムーズに機内へご案内できるかなど、サービス向上に向けて検証する。
③ デジタルサイネージへのパーソナライズメッセージ表示 搭乗口付近に設置したサイネージモニター(iPad)が、車いすからのビーコンを検知すると、モニター上にお客さまに向けたメッセージが表示される。(「このたびは実証実験へのご協力をありがとうございました」など)お客さまの動きに合わせて案内を行い、特別なメッセージでのおもてなしが可能か、検証する。

鈴木は、実証実験に向けては様々な試行錯誤があったと言います。「Bluetooth電波は安定しないため、ビーコンの距離で反応させてサイネージを切り替えたり、メール通知をしたりするシステムの技術的な確認に苦労しました。また、実験に協力いただく現場スタッフの方々の運用負荷をできるだけ下げるよう、バッテリーの充電をしやすい機器にするなどの工夫をしました」。

実証実験を終えて

実証実験を通じて、お客さまからは「SmartDriveを装着した木製車いすの乗り心地は安定感がある」、スタッフからは「勾配のある通路では、安全にお客さまのサポートができる」との評価が得られました。その一方で、スタッフ向けのお客さま近接通知やデジタルサイネージへのメッセージ表示のタイミングが難しく、改善が必要であることがわかりました。

鈴木は「実証実験では、PoC※4としては有意義な結果が得られたと思っています。今後は問題点をベースに、JALらしいサービスのあるべき姿を深めていきます」と話します。また、これまでを振り返り、NRIデジタルだからこそ発揮できた強みについては、「JALご担当者の小さなひと言をきっかけにして機動的にヒアリングを行い、スモールスタートではあるものの実証実験をスタートできた点はNRIデジタルらしさだと考えています」。
また、今後のJALとの共創の取組みについて鈴木は、「withコロナ、ポストコロナでの安全・安心なおもてなしのあり方を考えながら、きめ細やかな感性や高級感などのJALの世界観を大切にした快適な空港利用体験を提案していきたいと思っています」と話す。

NRIデジタルは、今後もクライアントに伴走し続けながら、新しい発想にもとづくクライアントのサービスの向上をめざすとともに、共生社会の実現に向けてデジタル技術を活用した新たな取組みを積極的に推進していきます。

  • ※1「SmartDrive」:車いすのリーディングカンパニーとしてグローバルに事業展開し、2003年に日本上陸したペルモビール株式会社による開発。手動の車いすに簡単に取り付けられる着脱式の電動アシストユニットで、車いすのプッシュハンドルにボタンを設置することで、介助用ユニットとして利用できる。
  • ※2アクセシビリティ:健常者のみならず、車いす利用者や高齢者などすべての人にとって利用しやすい、配慮された施設・サービスの度合いのこと。
  • ※3ビーコン(Beacon):Bluetoothの電波を発するIOT機器で、屋内での位置情報発信などに用いられている。スマホやタブレット端末に搭載されて利用が進み、様々な場面で利用されており、店舗での広告配信などでも活用されている。
  • ※4PoC(Proof of Concept):新しいアイデアやコンセプト、技術の実現可能性やそれによって得られる効果などについて検証すること

※実証実験における役割分担は、以下の通りです。

  • NRIデジタル:実証実験の推進、位置検知受信ソフト開発、位置検知データ取り込み、位置検知データ解析
  • JAL:実証実験フィールド提供、車いす提供、関係各所調整、実証実験運用
  • ペルモビール:SmartDrive提供、SmartDrive加工・取り付け

参照:NRI JOURNALより